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THE CAPTAIN'S CHRONICLE

暴落報道と、正しい距離の取り方

画面の光が、部屋の暗がりに白く浮かぶ。指はもう何度目になるかわからないほど、同じニュースアプリを引き下げては更新している。暴落を報じる見出しは十分に読んだはずなのに、なぜか同じ記事、似た記事、より刺激の強い見出しへと目が吸い寄せられていく。心臓は少し速い。頭では「もう見なくていい」とわかっているのに、指は止まらない。

下落のニュースほど、何度も見てしまう理由

良い出来事よりも悪い出来事のほうが、人の心に強く、長く残る。心理学者バウマイスターらが2001年に発表した論文「Bad Is Stronger Than Good」は、悪い情報・悪い感情・悪い出来事は良いものよりも影響力が強く、日常の些細な出来事から人生の重大な局面に至るまで一貫して見られる原則だと説いている。良い評判を築くには長い年月がかかるのに、悪い評判はたった一つの出来事で覆ってしまう、という誰にでも覚えのある経験も、この原則の一例として説明される。悪い印象は形成されやすく、いったんできあがると覆されにくい。危険をいち早く察知して身を守るための仕組みが、進化の過程で人の心に備わったという見方もある。暴落を報じる見出しに指が止まらないのは、意志が弱いからではない。人の心が、そもそもそのように出来ているからなのである。

情報を求めすぎる心(可用性ヒューリスティックの視点から)

心理学者トベルスキーとカーネマンは1973年、ある出来事の頻度や確率を、その事例がどれだけ簡単に頭に思い浮かぶかで判断してしまう心の近道を明らかにし、これを利用可能性ヒューリスティックと呼んだ。直近に繰り返し見た出来事は、実際の統計的な頻度以上に「よく起きること」「重大なこと」だと錯覚されやすい。暴落のニュースを何度も目にすれば目にするほど、次の暴落がすぐそこに迫っているかのように感じられてしまう。加えて、ニュースやSNSの表示の仕組みは、人の感情を強く揺さぶる話題を優先して差し出す傾向がある。近年よく語られる「ドゥームスクローリング」――悲観的な情報を延々と読み続けてしまう行為――という言葉は、この心の癖と表示の仕組みが重なって生まれる現象を的確に言い当てている。この言葉自体は、世界的な感染症の流行を機に広く使われるようになった比較的新しい造語だという。似た発想は以前からもあり、1970年代には、暴力的な映像を長く見続けることで世界を実際以上に危険で敵対的な場所だと感じるようになる、という「ミーン・ワールド症候群」という考え方も注目された。表示される情報が変わっても、悪い知らせを求めて延々と画面を追ってしまう人の性質そのものは、昔からさほど変わっていないのかもしれない。

嵐の予報は一度聞けば十分――船乗りの情報との付き合い方

船長はよく、若い航海士にこう語る。「嵐の予報は、一度しっかり聞けば十分だ。同じ予報を十度聞き返したところで、風の強さが変わるわけではない」。海の男たちは、荒天の報せを受け取ったなら、まず帆を畳み、荷を固定し、灯りの用意をする。予報を繰り返し確かめることに時を費やしはしない。確かめるべきことを一度確かめたら、あとは自分の手を動かす番だ、というのが船の上の作法である。暴落の報道もまた同じではないか。危機の輪郭を一度つかんだなら、その先に必要なのは繰り返しの情報収集ではなく、自分の暮らしと心を整える時間である。

意識的に距離を置く、小さな3つの習慣

情報との距離を取るために、大がかりな決意は要らない。ひとつ、ニュースアプリを開く時間をあらかじめ決めておき、それ以外の時間は通知を伏せる。四六時中つながっている状態をやめるだけで、指が勝手に画面へ伸びる回数はずいぶん減る。ひとつ、同じ話題を伝える記事を何本も読み比べるのをやめ、信頼できる情報源をひとつかふたつに絞る。似た見出しを十本読んでも、得られる材料はほとんど増えない。ひとつ、画面を閉じたら、窓を開けて外の空気を吸うなり、紙に今の気持ちを書き出すなり、指先を別の動作に移す。手を動かす先を変えるだけで、思考の堂々巡りは案外あっさりと途切れるものだ。いずれも、市況をどう動かすかという話ではない。自分の情報の摂り方を、自分の手で決め直すという話である。

静けさを取り戻した先にあるもの

黄金の海図には、海況が読み取れぬほど深い霧に包まれる「霧の海」という日がある。そういう日、船長はスコアを無理に読み上げようとはしない。霧の中で騒いでも、霧が早く晴れるわけではないからだ。ただ灯りを絶やさず、風の音に耳を澄ませ、霧が薄れていくのを静かに待つ。暴落の報道に繰り返し指を伸ばしてしまう夜も、同じことが言えるのかもしれない。情報を追いかけ続けることは、霧を晴らす力にはならない。画面を閉じ、灯りを整え、静けさが自分の内側に戻ってくるのを待つ。霧はいずれ、勝手に晴れていくものだ。

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