投資ノートをつけようと思い立ち、几帳面に罫線を引いたはずなのに、三日と経たずに手が止まった。今日の値動き、判断した理由、次に見直したい水準。書き始めた最初の数日は真面目に埋まっていたページが、いつしか白紙のまま積み重なっていく。そして数か月後、似たような場面に立ったとき、人はまた同じような判断をして肝を冷やす。記録は残らなかったのに、失敗の型だけは律儀に繰り返される。この奇妙な現象を、少し違う角度から眺めてみたい。
なぜ同じ失敗を繰り返してしまうのか
投資において人が繰り返す誤りの多くは、判断そのものの精度というより、「あのときの自分が何を考えていたか」を思い出せないことに起因する。都合の悪かった判断はいつの間にか記憶の底に沈み、都合の良かった判断ばかりが手前に浮かんでくる。自分の考えに都合の良い情報ばかりを無意識に集めてしまう傾向は、心理学で確証バイアスと呼ばれる。手元に記録という土台がなければ、人はこの偏りに寄りかかりやすくなる、と言われている。記憶は都合よく編集される名編集者のようなもので、悔しかった判断ほど角を丸くし、うまくいった判断ほど誇張して仕舞い込む。だからこそ、まず疑うべきは市況の行方ではなく、自分自身の記憶の方だ。
世に多い投資日記は「売買の記録」だが
書店やウェブ上に並ぶ投資日記の指南の多くは、判断した理由や見直したい水準を几帳面に埋めていく、売買の記録帳としての体裁を取っている。それ自体を否定するつもりはない。ただ、数字の記録だけを積み重ねても、なぜそのとき「もう少し様子を見よう」と思ったのか、なぜ急に落ち着かなくなって画面を何度も開いてしまったのか、という心の動きまでは紙の上に残らない。数字は結果を淡々と語るが、心の記録がなければ、次に似た場面へ立ったときの自分への手がかりは驚くほど乏しいままなのである。
船乗りが航海日誌に記したのは天候と心の揺れだった
「航海日誌」という言葉自体、大航海時代の船乗りが丸太を船首から海へ投げ入れ、その丸太が船体から遠ざかっていく速さで船足を測り、帳面に書き留めたことに由来するという。位置・進路・海況を記すこの帳面は、今も船長に備え付けと記載が義務づけられている公の書類であり、後年、ウェブ上の記録を指す「ログ」や日々の綴りを指す「ブログ」という言葉も、この船の記録文化に由来すると言われている。荒れる海を越えてきた乗組員が、風向きや潮の速さだけを几帳面に書き記して満足していたとは思えない。乗組員の疲れや、判断が鈍った夜のことも、きっと帳面のどこかに小さく刻まれていたはずだ。
心の天気を記すという、もう一つの日記のつけ方
つらい体験を言葉にして書き出す行為が心にどう働くかを、長年調べ続けてきた心理学者がいる。テキサス大学の名誉教授、ジェームズ・ペネベーカーである。誰にも打ち明けず胸の内にしまい込んでおくこと自体が、じわじわとした負荷を心と体にかけ続けるのではないか、という考えが、この一連の研究の土台にある。1980年代から90年代にかけて行われた実験では、もっともつらかった出来事について4日間、1日15分ずつ書き続けた参加者は、当たり障りのない話題を書いた対照群に比べ、その後半年間の通院回数が少なかったという。この結果を機に数百件の追試が積み重ねられ、ストレスの緩和や睡眠の質の向上といった効果が確かめられてきたとされる。もっとも、記せば市況の先を言い当てられるようになる、という話では断じてない。ただ、心の内にしまい込んだ揺れを言葉にして外へ出す行為そのものに、人を静める働きがあるらしいということだ。感謝の気持ちを綴るような穏やかな日記が楽観性や心の落ち着きと結びつくと報告する研究も複数ある。投資という先の読めない営みの中で味わう不安や高揚も、この「書き出す」という行為の対象にできるはずだ、と筆者は考える。ペンを走らせるあいだの静けさこそ、記録の効能の半分を占めているのかもしれない。記すべきは損益の数字ではなく、海図を眺めたときに自分の胸の内に立った波のかたちである。
三行でいい、続けることの価値
とはいえ、几帳面な記録は長続きしない。ならば欄を思い切って減らせばいい。今日の海図を見たときの気持ちを一行。心がふっと揺れた瞬間があれば、もう一行。明日の自分に伝えたいことを最後の一行。たったそれだけでいい。三行なら、忙しい朝でも、寝入る前の数分でも書き切れる。大切なのは分量ではなく、開いたページを閉じずに積み重ねていくという、その一点だけである。船長がよく口にするのは、「良い航海日誌とは分厚さではなく、開き続けたという事実そのものだ」という言葉である。黄金の海図の「航海日誌」もまた、その日の海況を積み上げていく場所だが、そこに刻まれてよいのは本来、数字ではなく己の心の天気である。今日の一行を書き終えたら、ペンを置き、静かにノートを閉じる。それでいい。明日、また開けばいいのだから。