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THE CAPTAIN'S CHRONICLE

「頭と尻尾はくれてやれ」の深層心理

まだ手放すには早い気がする。含み益がわずかに緩んだだけで、指先が止まる。あと少し伸びるかもしれない、まだ引くには惜しい――画面の光を見つめる指先が、判断そのものより先にこわばることがある。筆者もまた、その逡巡に何度も付き合ってきた一人である。古くから相場の世界には「頭と尻尾はくれてやれ」という言い回しがある。今回は、この短い言葉の奥にある人の心の仕組みを、老船長の航海術として読み解いてみたい。

「頭と尻尾」は魚河岸に生まれた戒め

最高値という頭も、最安値という尻尾も、欲張らず他人に譲ってしまえばよい。自分は真ん中の、確実に手にできる部分だけをいただく――それがこの格言の意味するところである。由来は、魚を捌く際の比喩にあるとされる。魚の頭と尾は、身の締まった中央部に比べて食べにくく旨みも薄い。だから頭と尾は他人に譲り、旨みの乗った胴の部分だけをいただく。その所作を、値幅の取り方になぞらえた戒めだという。

この言い回しは、江戸時代に「相場の神様」と称された米商人・本間宗久の言葉と伝えられている。ただし正直に記しておくと、本間宗久本人がこの言葉を実際に語ったと確認できる一次資料は見当たらない。多くの解説は「本間宗久に帰属される」という伝承の域を出ておらず、断定はできない。似た文脈で名の挙がる別の相場師についても、今回の調べでは確たる裏付けは見つからなかった。誰が最初に言ったのかが定まらぬまま、それでも長く語り継がれてきたという事実こそが、この戒めの重みを物語っているように思う。魚河岸の職人が身を捌く手つきと、相場に向き合う心構えが、同じ一言の中に折り重なっている。旨みの薄い部位にまで手を伸ばそうとする欲を戒めた、生活の知恵がそのまま人の心の癖を言い当てているのは、決して偶然ではないだろう。

なぜ人は最後の一切れまで欲しがるのか

行動経済学には「ディスポジション効果」という考え方がある。投資家は含み益の出ているポジションを早く手放し、含み損を抱えたポジションはいつまでも持ち続けてしまう傾向がある、という指摘だ。1985年、シェフリンとスタットマンという研究者がこの傾向を報告した。「頭と尻尾はくれてやれ」が説くのは、むしろこの逆の姿勢である。伸びしろも下げしろも欲張らず、真ん中で満足せよという教えだ。にもかかわらず人は、利益は急いで確定させたがり、損失を確定させることは先延ばしにしたがる。

この背景には、利益が出ている場面ではリスクを避けたがり、損失が出ている場面ではかえってリスクを取りたがるという、損失を強く恐れる心の傾きがあるとされる。カーネマンとトベルスキーが1979年に示したプロスペクト理論は、この非対称な感じ方を説明する理論として広く知られている。得たものを守ろうとする力と、失ったものを取り戻そうとする力は、同じ重さでは働かない。人は往々にして、後者の引力に強く引かれる。だからこそ、真ん中で満足して手を止めるという行為には、理屈以上の踏ん張りが要る。

もう一つ、見落とされがちな心の動きがある。「後悔回避」と呼ばれる考え方だ。1982年、ベルや、あるいはルームズとサグデンといった複数の研究者がほぼ同時に、人は結果そのものよりも「後から振り返って間違った選択に見えること」を恐れる、という理論を打ち立てた。頭と尻尾まで狙って失敗すれば、後で「あの時止めておけばよかった」と悔やむことになる。その後悔を先回りして恐れる気持ちが、人を「もう少しだけ」と居座らせるのである。

欲を手放せなかった頃の話

筆者にも、まだ何もかもを丸ごと手に入れたいと思っていた時分がある。船を大きく仕立てれば仕立てるほど、海のすべてを積み荷にできる気がしていた。だが海は、そんな欲張りな船ほど容赦なく揺らす。真ん中の身だけをいただく謙虚さを知らなかった頃、確かに大きなものを損なったことがある。

帆綱の軋む音を聞きながら、それでも欲を張って進路を変えなかった夜の重さは、今も忘れていない。その頃を思い出すたび、机の上に広げた海図を、今日という一枚だけ指でなぞって静かに畳む、という所作を続けている。全部を見渡そうとせず、今日という区切りだけを見る。畳んだ海図を棚に戻す、その一動作を終えるまでは、次の判断に手を出さない。それだけで、頭と尻尾まで欲しがる呼吸が、少し緩む。

欲を手放すことは、負けを認めることではない

「頭と尻尾はくれてやれ」は、売買の技術を説いた言葉ではない。筆者はこれを、欲望と後悔という、誰の胸の内にもある感情の取り扱い方を伝える一言として読んでいる。真ん中で満足するというのは、諦めることでも、勝負に負けを認めることでもない。むしろ、自分が今どこに立っているかを正しく見極める、静かな強さの表れである。

この言葉に決まった作者がいないまま、それでも長く語り継がれてきたのには理由がある。欲を出し切らずに終える一日は、地味で物足りなく見えるかもしれない。だが真ん中の身だけで満ち足りることを知っている者だけが、次の航海にも同じ静けさで臨める。頭と尻尾を他人に譲ることは、負けではない。己が今どこに立っているかを、そのつど正しく見極める力の証なのだと、筆者は思っている。

本記事は投資家の心理・習慣・暦にまつわる読み物であり、娯楽・情報提供を目的としたコラムです。個別の株式や具体的な売買手法を推奨するものではなく、投資助言ではありません。投資に関する意思決定はご自身の判断と責任で行ってください。

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