開かずの書類、という言葉がある。証券口座の開設書類、積立の申込用紙、資格試験の教材――机の引き出しの奥で、何か月も、時には何年も出番を待ち続けているものは、誰にでも一つや二つあるだろう。「始めよう」と思った日は確かにあったはずなのに、なぜかその日は「今日じゃない」と感じてしまい、気づけば書類はまた引き出しの奥へ戻っていく。
ところが不思議なもので、暦を繰っていて「今日は一粒万倍日」という文字を見つけた途端、同じ書類に急に手が伸びることがある。何かが変わったわけではない。今日という日の「呼び名」が、少しだけ背中を押してくれただけだ。
「今日から始めよう」を後押ししてくれるもの
新年になると気持ちを入れ替えたくなる。月が変わると生活を見直したくなる。誕生日を境に、何かをやめたり始めたりしたくなる――そう感じた経験を持つ人は多いだろう。区切りとなる日そのものに特別な力が宿っているわけではない。ただ、区切りの日を境に「自分を仕切り直せる」と感じられることが、行動へのきっかけになっているのだと考えられている。
一粒万倍日もまた、そうした「区切りの装置」の一つとして、長く日本の暦に息づいてきた。船乗りが出航の日和を選ぶのも、これと似ている。天候そのものを操れるわけではない。ただ、選んだ日を「出航の日」と決めることで、迷いを断ち切って舳先を沖へ向けられるようになる。
一粒万倍日とは何か――暦の由来
一粒万倍日とは、「一粒の籾が万倍にも実る」という言い伝えから、何かを始めるのに良いとされてきた暦の吉日(選日)である。よく「中国から伝わった」と語られることがあるが、実のところ中国の暦書にはこれに相当する記載は見当たらないとされ、日本で独自に育った暦注である可能性が高いと考えられている。すでに室町時代の文献に「一粒万倍」の語が見られるという記録も残っており、この国で長い時間をかけて育てられてきた験担ぎと言えそうだ。
道のりは平坦ではなかった。江戸時代の改暦では、一時的に公式の暦から姿を消した時期もあったという。さらに明治六年、太陽暦の採用にあたって政府は迷信的な暦注の使用そのものを禁じた。それでも、暦を作り続けた人々が民間で一粒万倍日を書き継ぎ、今日まで受け継がれてきた。一つの言い伝えが公の禁令をくぐり抜けてなお生き続けてきたのだから、なかなかに強かな暦注である。
ちなみに、一粒万倍日がいつ巡ってくるかは、思いつきで決められているわけではない。二十四節気による「節月」と、日ごとに割り振られた干支の組み合わせという、れっきとした規則で割り出される選日である。当サイトの暦の算出も、外部の暦専門サイトの公開データと機械的に突き合わせて確認済みだ。験担ぎの根っこには、案外きちんとした暦法が横たわっている。
なぜ人は「良い日」を選んで新しいことを始めたくなるのか
暦の吉凶そのものが、始めた後の結果を決めるわけではない。それでも人は、何かを始める日を選びたがる。おそらくそれは、「今日はいつもの自分とは違う日だ」と思い込むための、ささやかな儀式なのだろう。
船の上でも同じことが起きる。荒れた海を越えた翌朝、凪いだ水面を見て「今日から潮目が変わる」と感じる船乗りは多い。実際には海はただ凪いでいるだけで、何かを約束してくれているわけではない。だが、その朝を境に帆の張り方を見直し、新しい航路図を広げてみる者は、確かに前へ進みやすくなる。良い日を選ぶという行為の値打ちは、日そのものではなく、そこで人が実際に一歩を踏み出すかどうかにある。
船長が出航の日取りを選ぶ理由
黄金の海図の老船長にも、かつて師と呼べる人物がいたという。何を始めるにも潮時というものがある、とその人はよく口にしていたそうだ。海図の読み方ひとつ覚えるにも、慌てず静かな日を選べ、と教えられたという。
若い頃の船長には、その教えの意味がよく分からなかったという。海図など、いつ開いても同じ紙ではないか、と。それでも年を重ねるうちに、静かな日を選ぶという行為そのものが、始める前に自分の心を整えるための、一つの手順であったと分かってきたそうだ。「良い日を選ぶ手間をかけることで、始める前の心構えが整う。暦はその手順を後押ししてくれる、便利な目印のようなものじゃ」——船長はそう振り返る。
出航の朝、船長は決まって同じことをするという。帆布に手のひらを当てて湿り気を確かめ、綱の結び目をひとつずつ握り直す。良い日和を選んだからといって、その手順を省いたことは一度もないそうだ。「日取りは始める勇気をくれるが、支度そのものの代わりにはなってくれぬ」——船長はそう語る。
験担ぎは、儲けの保証ではなく背中を押す杖
はっきりさせておきたいことがある。一粒万倍日に口座を開いたからといって、資産が増えると決まっているわけではない。暦はそこまで保証してくれるものではないし、船長自身もそのようなことを約束したことは一度もないという。
それでも、後回しにしていた手続きに手をつける日を、今日だと決めることには意味がある。杖は歩く力を与えてはくれないが、一歩を踏み出す助けにはなる。験担ぎとは、そういう杖のようなものだと思う。今日はまず、机の引き出しの奥から、その書類を一度取り出してみるだけでよい。
「今日から始めれば運が向く、というわけではない。じゃが、今日から始めようというその気持ちだけは、大切にしてやれ」——船長はそう締めくくる。