布団に入ってから、もう一度だけ画面を確かめてしまう。まぶたを閉じても、頭の中でさっき見た数字が明滅している。灯りを消した部屋の暗さが、かえって考えごとの輪郭をくっきりさせる夜がある。海の上でも、静かなはずの夜に限って、なぜか目が冴える晩がある。今回は、投資家に特有のこの「眠れない夜」を、老船長の航海術としてどう整えるかを語ってみたい。
眠れなくなるのはなぜか――心配ごとが覚醒を呼ぶ
睡眠医学の分野では、将来や過去への心配ごとを頭の中で繰り返し巡らせてしまうことを「反芻思考」と呼ぶ。この反芻思考が心と体の覚醒を高め、入眠を妨げるということは、不眠に対する認知行動療法という枠組みの中で中心的に扱われている考え方である。相場の値動きが気になって寝付けない夜も、この反芻思考の一形態と見てよいだろう。
夜間にスマートフォンなどの画面光を浴びると、脳が昼間だと錯覚し、眠りを促すホルモンの分泌が抑えられるとも言われている。体内時計が乱れ、睡眠の質に影響が及ぶ可能性があるという指摘もある。断定できることではないが、少なくとも「布団の中で画面を確かめ続ける」という所作そのものが、眠りにとって歓迎できない習慣であることは、船の上でも陸の上でも変わらないようだ。相場という営みは、そもそも先が読み切れないという性質を持つ。読み切れないものほど、人の頭は考えを止めにくい。だから投資家の反芻思考は、他の心配ごとよりも根深く居座りやすいのかもしれない、と筆者は感じている。
灯りを落とす前の、三つの小さな儀式
不眠に対する認知行動療法で語られる技法の一つに、「今この瞬間」に意識を向けるという考え方がある。マインドフルネスという言葉を広めた心理学者ジョン・カバットジンは、これを「意図的に、今この瞬間に、判断を挟まず注意を向けることで生まれる気づき」と定義した。この定義の起源には、1979年にカバットジンが慢性疾患を抱える患者のために考案した、8週間の「マインドフルネスストレス低減法」というプログラムがあるとされる。将来の値動きでも過去の後悔でもなく、今の呼吸、今の布団の重みだけに意識を戻す、というやり方である。
筆者が実際に続けている儀式は、そう難しいものではない。まず、枕元の灯りを一段階だけ落とす。次に、湯呑みの縁を指の腹でひと撫でし、温もりが冷めていくのを確かめる。最後に、布団の重みを両肩で感じ、今夜の自分がどこに横たわっているかだけを意識する。三つとも、画面を見ることなくできる所作である。
順番にも意味がある。灯りを落とすことで視界の刺激を減らし、湯呑みの温もりで指先の感覚に意識を寄せ、布団の重みで体そのものの存在に立ち返る。段階を踏むごとに、意識の的が「先の値動き」から「今この体」へと少しずつ手前に引き戻されていく。急に「考えるな」と自分に命じても、たいてい逆効果になる。焦点をゆっくりずらしていくやり方のほうが、性に合っている。
「明日、考える」と書いて、蓋を閉じる
もう一つ、筆者が続けている所作がある。黄金の海図の「航海日誌」がそうであるように、船の記録には天候や位置だけでなく、乗組員の心の揺れを書き留める余白があってもよいと思う。筆者は寝る前に手元の帳面へ、頭に浮かんだ数字や不安をたった一言だけ書き、そのまま帳面を閉じる。「続きは明日、日の光の下で考える」という一行を添えて。紙の上に置いてしまえば、それはもう頭の中を巡り続ける必要のない荷物になる。忘れるためではなく、朝まで預けておくための一行である。書く内容は、損益の数字である必要はない。「今日は胸のあたりがざわついた」「明日の寄り付きが気にかかる」という、たった一行の実感で十分だ。文字にして帳面へ渡してしまえば、その荷物はもう寝床までついてこない。
かつて、風のない凪が三週間続いた航海の果てに、頼みの目印をすべて失い、夜通し星だけを頼りに港を目指したことがある。あの夜は、眠るわけにいかない夜だった。だからこそ思う。眠れない夜と、眠ってはならない夜は違う。今、画面の前で目を凝らしている夜は、後者ではなく前者であるはずだ。ならば、灯りを落としてよい夜だということになる。
それでも眠れない夜が続くなら
ここに記したのは、あくまで投資家の心を静めるための、生活習慣としての整え方に過ぎない。眠りを治す薬でも技法でもなく、船乗りが長い航海の合間に身につけた、ささやかな作法だと思ってもらえればいい。眠れない夜がひと晩やふた晩でなく、長く続いて日々の暮らしに影を落とすようであれば、それは航海術ではなく、専門の医療機関に相談すべき領域の話である。無理に一人で抱え込む必要はない。
相場は、この先何十年も海の上に在り続ける。今夜だけ画面を閉じたところで、何かを取り逃すことはない。経験から言えば、休むべき夜に無理に起きていた翌朝ほど、海図を読む手元がおぼつかなくなるものだ。灯りを落とし、明日の風は明日の自分に任せる――それもまた、船を長く走らせるための、立派な航海術である。